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【ナレーションに関する一考察】
今回、不思議だったのが、主人公たちのモノローグ(心の声)が
わりと饒舌(じょうぜつ)だったのにも関わらず、
それがほとんど気にならなかった…と言うこと。

そうか…。
登場人物が、やむにやまれず
気持ちを吐露してお喋りになっても
全然良いのか…。

饒舌だからいけない…のではなく、
物語(ドラマ)の中で、登場人物を隙間なく作り込んでしまうと、
キャラクターがドラマの中だけで自己解決(完結)
~したように(人によっては)見えるのかもしれません。


★語らなさすぎ、語りすぎ~どちらも一長一短で~。
物語の状況を、
①ナレーションで語る。
②映像で語る。
それらがバランスよく交じり合うと、
物語にもメリハリがついて、
比較的に見やすい(感情移入しやすい)ような気がします。

視聴者の入り込む余白(余地)がほとんど無い、
一方的に与えられるだけの状態(情報多すぎ&少なすぎ)の、
物語のバランスがどちらか一方に崩れた時に、
2人のドラマからポツン…と一人、カヤの外へ置いていかれたようで
視聴者はツライ…のだなと。(たぶんデス…)

もう少し判りやすく例えると、
完璧な人間(作り込んだ物語)は、
入り込む隙(余白)を見せてくれないので、
誰も必要としない。=感情移入しづらい。

弱点&はみ出し(隙・余白)を見せてくれる人間(物語)は、
人(物語)として未知数(ミステリアス)で興味深く、
逆にその弱さ(隙)が、
他人には魅力的にうつったりします。

(※物語の背景&キャラ設定などは、
できるだけ練って作り込んだ方が、それらをふまえた上で、
キャラクターが自然に(勝手に)行動してくれるので、
その分お話の説得力も増し、物語中に多くを語らずとも、
自然とドラマにも奥行きが出るのではないかな~とも想像します。)

★新作を拝見するたび、内容がどんどん進化していって、
饒舌だという、その印象が薄れているので、
監督の采配で全然大丈夫なんだと思います。

個人的には、あとほんの少しだけ、視聴者の、
【ドラマ背景を想像する力】を、
信じても良いのではないかな~…と感じました。
ほんの気持ちですが、余白が欲しいな~…と思いました。


【素朴に感じたこと】
そして鑑賞したあと、じわじわと、素朴に感じたこと~
★目の前に差し出された、様々な問い(キーワード)に
視聴者は~
【静】の井坂朋泰監督作品では…能動的にテーマを探しに行く【動】
【動】の白虎監督作品では…受動的にテーマに巻き込まれていく【静】
(※具体例を出して申し訳ありません~その方が判りやすいかな~…と)

どちらが優劣…という話ではなく、
物語に合わせて、作品と視聴者もキャッチボールしているんだな…と、
ふと思いました。

作品と視聴者の感性が繋がる…。
好きになるであろう作品に呼ばれる~って私だけでしょうか?

※主に、本屋で経験したりします…。
ジャケット(表紙)が私を呼んでいる~。
最初の一文でなんか惹きこまれるぅ~…etc.
よっしゃ買った!
~みたいな♪(・∀・)d

⑩へとつづく。
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